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| 日本列島と四国の間、穏やかな海洋に遊浮する、大小さまざまな瀬戸内の島々。 そんな中に、豊島という島はあります。 人口1200人ほどの小さな島「豊島」は、その名の由来の通り、豊富な水源と穏やかな気候に 恵まれ、 酪農や耕作の盛んな豊穣の島として古くから知られていました。 そう、今からたった10数年前までは……。 1990年、この島で長年にわたり秘密裏に行われた、ある重要事件が明るみになりました。 「豊島に、日本全国から大量の産業廃棄物が持ち込まれ、不法投棄されている。」 それは信じられないような事実でした。 島の北西部に積まれた、山のような産業廃棄物に 当時の捜査員は目を見張ったといいます。 摘発した兵庫県警によると、1978年からの約15年間に わたり悪質な業者に よって運ばれた産業廃棄物の 総量は 約60万トン。 この数量は、当時日本で年間に排出されていた産業廃棄物の約1/4の量に相当します。 島民によると「この場所には、ある水産業者によってドジョウの養殖場が作られる」と当初、 県からの説明を受けていたそうです。以来、豊島は「ゴミの島」として、 世界に知られる島となったのです。 1990年から始まった豊島住民による豊島産廃訴訟問題は、2003年、島民と香川県、国との 和解決議により、「隣の直島との共同事業により今後10年をかけ、産業廃棄物を処理する。」 との最終合意文書に まとめられました。 今、豊島は2013年までのゴミの完全撤去を掲げ、処理工事が急ピッチで進められています。 島は今、美しい元の姿を取り戻しつつあります。 と、ここまでが、一般に知られるゴミの島「豊島」の近代史であり、その全容は多くのメディア報道によってもなされました。 しかし、「問題はそれで解決」したのでしょうか? 事件の本質は風化し、いつのまにか過去の出来事として忘れ去られようとしています。 そんな世相とは裏腹に、島民たちは未だ事件のショックから立ち直れずにいたのです。 自分たちの島で招いた災いによって批判され続けた島の住人たち。その視線は島民たちに、被害者であると 同時に加害者意識をも植え付けました。 なにより豊島に住む人々にとって恐ろしいことは、 豊島という島がその存在価値を失い、人々の記憶から消えてしまうのではないかという 疑いの心でした。 豊島レモンの生産者、岡本満さんは言います。 「30年前、青い海に囲まれた豊島は、海から溢れ出たような緑に包まれていました。 子供らに “とんがり山”と呼ばれた山の頂から臨む海はふりそそぐ太陽を受けどこまでも遠く、 海も島も 人々の笑顔も輝いていました。この島に、笑顔の輝きを取り戻したい。 そのためには島民自身が希望を抱き 胸を張り、豊島を世界に誇れる場所にすることが必要なんです」 豊島の復活と島民の笑顔を今一度、全国に知ってもらいたい。 そんな思いからこの取り組みは始まりました。 2000年。島の南東部で、岡本さんは国産無農薬のレモンを作ろうと、 レモン畑の開墾を始めました。 しかし、ゴミの島というイメージが定着する豊島で、新しい農作物を栽培し、ましてそれを島のブランドに 育てることなど可能なのでしょうか? とんがり山の頂上からは、豊島の土地が一望できます。 島の北西の先端部分には、確かにまだ産廃処理のためのシートが張られています。 しかし、 南西部を見渡した時、それ以外の広大な大地には豊かな自然が繁茂し息づいているのがわかります。 「この美しい島の、どこに後ろめたいことがあるというのか?」 岡本さんは島民に心のうちをぶつけました。 島での農業をあきらめた人々に協力を仰ぎ、荒地を借り受けると、雑木林となった荒地を開墾し、 土を掘り返しました。 そこには水分を多く含んだ豊かな土壌が顔を出しました。 開墾から3年が過ぎたある日、完成した畑に岡本さんはレモンの苗を植えました。 もちろんレモンを選んだのにも訳があります。 年間を通して穏やかで安定した瀬戸内の気候は地中海の風土に近く、柑橘類の栽培において 日本では最も適した土地として知られています。証拠に、島では至る場所に自生するミカンの 木を見ることができます。 他では栽培が難しいとされる無農薬レモンをここで作ることができれば、新しい豊島のブランドとして 全国に送り出すことができるのではないだろうか。 そんな豊島レモンの栽培の特徴は 「人が口にできないものは苗にも与えない」ということです。 今年。島では、約10ヘクタールの土地がレモン畑として開墾され、10000本に上るレモンの苗が、農薬を使わず、 露地栽培で育てられています。 これは、ひとつの場所で栽培されるレモンの木の数としては日本では最大規模のものです。 「ゴミの島として世界的に有名になった島だからこそ、この島を世界に誇れる島にしよう。」 初めひとりだったレモン栽培も、今では島ぐるみでの取り組みに変わりつつあります。 レモンを中心とした豊島復活の取り組みは、島民たちの心を乗せて大きく広がります。 岡本さんは語ります。 「豊島のレモンをみんなに知って味わってもらいたい。そして、その美味しさを知った 多くの人が豊島を訪れ、その自然を見直し、体感できる福祉と観光の島にしたい。」 島がレモンイエローに輝きだす頃、豊島に新しい物語が始まります。 |
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